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アメリカ ラスベガス レッドロック・キャニオン~歴史・特徴~

更新日:2020年12月28日


こちらは、砂漠が広がるラスベガス郊外で、一際存在を放つ真っ赤な岩肌「レッドロック・キャニオン国立保護区」です!アメリカらしい自然の荒野が見れ、ラスベガスからの半日観光におすすめのスポットです。

ラスベガスの中心地「ストリップ地区」から西へ約30km・車で約30分でアクセス可能な「レッドロック・キャニオン」では、赤い岩肌の大地に砂漠の植物・動物たちが生活しています。

煌びやかやラスベガスからは想像できない程の大自然が広がっており、そのギャップにきっと驚かれるでしょう。断崖絶壁、赤やグレーの色彩豊かな岩山、岩山を横切る美しい断層など。

特に目玉となるポイントはないものの、アメリカ大陸の雄大な自然を感じる事ができる素晴らしいスポットです。

「レッドロック・キャニオン」のアクセス・楽しみ方・見どころについての詳細はこちらの記事をご覧ください!➡

アメリカ ラスベガス レッドロック・キャニオン

【歴史】

「レッドロック・キャニオン」は、数億年前まで海の底に沈んでいた岩盤が、地球の地殻変動の力で大陸のど真ん中まで押し上げられる形で現在の特徴的な「レッドロック・キャニオン」の姿になりました。

その証拠として、海の生物の化石も発見されており、また6600万年前~228万年前の地層からは、爬虫類の翼竜の足跡の化石も発見されています。岩肌が赤いのは、岩に含まれる鉄分が酸化したことより、錆びている状態なのです。

また、この地域には1000年以上に渡り、少なくとも6つの「ネイティブアメリカン」が存在していたと言われており、陶片や生活跡が多く発見されています。ちなみに、それらの一部は「ビジネスセンター」にて展示されています。

〖レッドロック・キャニオンの人の歴史〗

「レッドロック・キャニオン」のエリアには、「サザン・パイユート」や古くからの古風な狩人や収集者、あるいは砂漠の文化先住民族が次々と占領してきた歴史があります。

何千年もの間、「レッドロック」には少なくとも6つの異なるインディアン文化が存在したと言われています。

【サザン・パイユート】:900年〜現代

【パタヤの文化】   :1800年代初期~900年

【アナサジ族】   :1AD〜1150 AD

【ピント / ジプサム】  :3500 BC~1 ADまで

【サン・デイエグイット】: 7000BC~5500 BCまで

【パレオインディアン】 :11000 BC〜8000 BC

数多くの岩石画と陶器の破片は、現在もこの地域に残っています。

さらに、初期のインディアンが「レッドロック」で使用していたいくつかの焙煎ピットは、過去の人間活動のさらなる証拠を提供しています。

〖ネイティブアメリカン〗

「レッドロック・キャニオン」には、「プエブロ族」が生活をしていた痕跡が数多くあります。「レッドスプリング」や「ウイロー・スプリングエリア」に「ペトログリフ」の岩絵があり、初期のアメリカ先住民が描いた絵を見る事が出来ます。

また、「サザン・パイユート」・「ショショニー族」・「コロラド」は、この地を訪れ道具や陶器などが発見されています。「サザン・パイユート」の先祖は、砂漠の気候である厳しい生活に対応し、「インディアン・ライス・グラス」を食し、トウモロコシ、カボチャ、豆の栽培が行われていました。

1826年、有名な猟師であり商人であった「ジェディデア・スミス」が、この地にやって来た最初のアメリカ人です。メキシコ人の商人が、「サンタフェ・トレール」をここまで伸ばし「スパニッシュ・トレール」を作り、商人は1829年から1850年頃までニューメキシコとカリフォルニアを行き来しました。

1840年代、ラスベガスは「牧草地」の意味であるスペイン語でこの地に湧き出ていた豊富な水からその名付けられました。また、登山家「ビル・ウイリアムス」と「ベックワース」がカリフォルニアのメキシコ人から馬を盗み出し「レッドロック・キャニオン」の水と牧草で馬を育て、「キャプテン・ジョン・フリーモント」もアメリカ西部探検中に「レッドロック・キャニオン」を通過しています。

ユタ州「北モルモン」の開拓者1855年にラスベガスの砦を造り最初の入植者となり、開拓の「モルモン教徒」は頻繁に「スパニッシュ・トレール」を使いその道は、「モルモン・トレール」と知られるようになったのです。1876年、「ジェームス・ウイルソン」がこの地に最初に牧場を設立し、「スプリングマウンテン・ランチ州立公園」になっています。

【レッドロック・キャニオンの特徴】

〖レッドロック・キャニオンの地層〗

「レッドロック・キャニオン」は、「モハベ砂漠」にあり、79000ヘクタールに広さがあり世界的見ても興味深い地層です。4億年前のアメリカ西部は、温暖な浅い海に覆われ、今でも昔海だった証拠がモハベ砂漠のいたる所で発見されています。

「レッドロック・キャニオン」の灰色の岩の中には巻貝や二枚貝、サンゴの化石があり、海には酸化カリシウムを多く含んだ微生物が大量に生息していました。微生物が死に海に沈み数千mの地層を造り上げたのが、「レッドロック・キャニオン」の灰色の地層部分です。

また、「レッドロック・キャニオン」ではあざやかな赤色をなす「ジュラ紀」の砂岩の上に、二畳紀の石灰岩が逆断層でのし上がり、砂漠の乾燥した気候で土地も隆起した中世代の世界が垣間見る事ができます。北と東の高地から「レッドロック・キャニオン」に砂を運び、小高い砂丘から巨大砂漠が造られ砂丘は砂岩と変容したのです。

赤い岩は酸化鉄が砂丘にしみ込んだためで、砂岩は「ジュラ紀」の地層ですが「レッドロック・キャニオン」では恐竜の化石は発見されていません。ただ、恐竜の足跡は「レッドロック・キャニオン」の「アステカ砂岩」の3つの場所で発見されています。

また、哺乳動物、初期の哺乳動物、クモ類(クモとスコーピオン)によって作られた小さな動物の軌跡も見つかっています。是非、直接岩肌に触れて目を閉じてみましょう。地球の広大さ、地球の歴史を感じられるパワースポットです!

〖アステカ・サンドストーン〗

赤い岩の大きな砂岩の崖は、数百メートルの高さがあり「アステカ砂岩」でできています。

「ジュラ紀」時代にアメリカ南西部の大部分を覆う広大な砂漠の中に形成された石灰化した砂丘からなるこの形成は、約1億7000万-1900万年前のもの。

石化は、非統合堆積物を「堆積岩」に変えるプロセスで、堆積物に典型的な大規模な「クロスベッド」は「ジュラ紀」の砂丘畑を横切る風向きの変化の結果であり、「アステカ砂岩」の岩石露頭に見られます。

「アステカ砂岩」の露頭の赤色は、酸化鉄や赤鉄鉱の存在によるものです。鉄鉱石が酸化し、赤、オレンジ、茶色の岩が出来ました。岩が淡色である場所は、鉄が地下水によって浸出された場所です。

「アステカ砂岩」の赤い斑点は、鉄のコンクリートであり、地下水は砂岩中の核の周りに酸化鉄を沈殿させます。コンクリートは、周囲の砂岩よりも侵食に強く、「インディアン」または「モキ・マーブル」と呼ばれる小さなボールができます。

〖石灰岩・ライムストーン〗

5億年以上前、「レッドロックキャニオン」は海底の底にありました。大部分は、古生代の2億5000万年の間、この海洋底に堆積した「石灰岩(ドロマイト)」になります。

「石灰岩」はその時に栄えた海の生命の化石を含んでおり、灰色の古生代の石灰岩の数百メートルは「ループ・ドライブ」の北西にある「ラ・マドレ・マウンテン」に露出しています。

〖キーストーン・スルー・フォールト〗

西側の断崖には、より古い淡灰色の古生代の石灰岩が、若い岩と赤色のジュラ系の砂岩の上にあります。

約6500万年前の中生代の終わり近くに、海洋プレートは北アメリカプレートの西端に沈み込み、下に移動し始めました。

これにより、地球の地殻に圧縮力を生じさせて古い石灰岩が東に押し上げられ、若い砂岩の上に押し寄せる「シエラネバダ」の「花崗岩泥岩」の侵入が起こりました。

〖オールド・スパニッシュ・トレール(Old Spanish Trail)〗

ニューメキシコ州北部の古都「サンタフェ」の開拓地とカリフォルニア州「ロスアンヘレス」を繋げる交易路で、約2000 kmの長さがあり、高い山脈、乾燥した砂漠(デスバレー、ラスベガス)を通過しています。

1776年、ヨーロッパ人による探険がされた後、1829年から1850年代中頃まで利用され、1849年のカリフォルニアの「ゴールドラッシュ」に湧くアメリカで開拓者の大勢が、新天地を求めカリフォルニアを目指しました。

供給ポイントの1つであるユタ州の「ソルトレーク」を経由して、カリフォルニアの手前にある高く険しい「シエラ・ネバダ山脈」を越える前に、広大な未知の砂漠である盆地を開拓者達は通り抜け、カリフォルニアを目指したのです。

「アメリカ国定登録史跡」としては、1988年にユタ州の部分が2001年にはネバダ州のラスベガス(レッドロック・キャニオン)部分が追加されました。

〖デザート・タートル(砂漠の亀)〗

「デザート・タートル」は、「モハーベ砂漠」・「ソノラ砂漠」などの北西部メキシコや米国、アリゾナ州、カリフォルニア州、ユタ州の砂漠に生息しています。

「レッドロック・キャニオン」の「デザート・タートル」は、約2700万年から3700年前から現在まで殆ど変っていません。80年から100年の寿命があり、彼らは徐々に成長し低い繁殖率です。

暑さをしのぐ為体温を調節し、水分損失を減少させる為に巣穴である「ロックシェルター」でほとんどの時間を過ごします。そのため、季節の雨の後に最も活発ですが、1年のほとんどの間活動をしません。

地上60度でも暑さから逃れる為巣穴を作り、95%が巣穴で過ごし11月から2月か3月まで冬眠、5月から7月に繁殖入りmす。しかし、1980年以降は生息数が減少し保護動物に指定されています。

「デザート・タートル」は、殻の色は緑がかった褐色、砂漠のカメ甲羅の高さ10〜15cm、 重さ1kg〜2kg。サイズは25cm~36cm、重さ4kg~7kgオスはメスより大きく成長します。

また、オスのカメの女性より首が長く、オスの亀の腹甲は女性のカメに比べて凹状であり、オスはメスよりも大きな尾を持っています。ちなみに、「デザート・タートル」の食糧はサボテンになります。

〖ジョシュア・ツリー(Joshua Tree)〗

「ジョシュア・ツリー(Joshua Tree)」は、北米の南西部のアリゾナ州西部、カリフォルニア州南東部、ネバダ州南部、ユタ州南西部に分布し、比較的標高の高い地域に生息しています。

「モハベ砂漠」のシンボルである「ジョシュア・ツリー」は、「モハベ砂漠」の標高400m~1800mで生育し、特にカリフォルニアの「ジョシュア・ツリー国立公園」では、多くの「ジョシュア・ツリー」が見られます。

「モハベ砂漠」の領域(境界)は一般に、「ジョシュア・ツリー」の分布により定義され、「ジョシュア・ツリー」はこの砂漠の「指標種 (Index Species)」とされています。また、「デスバレー」の山間部や、「ザイオン」の近くでも見かけます。

「ジョシュア・ツリー」の名前の由来は、「モルモン教徒」が西部開拓時代に「ジョシュア・ツリー」と遭遇した際、「ジョシュア」が天に手を差し伸べて祈りを捧げるという聖書から名付けられました。「ジョシュア・ツリー」は、砂漠の植物としては生育が早く、最初の10年は平均年7.6cm、その後1年で3.8cm成長。

幹は数千の繊維からできており、年輪は形成されないため樹齢は測りがたいが数百年以上の樹齢が推測されています。樹高は15mに及び、その根は11mまで広がっており、葉は濃緑色で長さは15~35cmで幅は7~15cmです。

2月から4月にかけて開花し、円錐花序は長さ30~55cmで幅が30~38cmとなり各々の花は4-7cmの大きさ。また、「ユッカ蛾」により受粉する「虫媒花」で、枝分かれは開花後に起きます。

しかし、開花は毎年おきるとは限らず降水量に依存し、また開花前の冬に氷点下になった場合に開花します。ちなみに、「Cahuilla族」アメリカ州の先住民は、実を食料に繊維をサンダルやバスケットに編んでいました。

いかがでしたでしょうか。

「レッドロック・キャニオン」は、短時間の滞在でも十分アメリカ大陸の雄大な自然を感じることができるスポットです。

ラスベガスから1番アクセスしやすい国立保護区「レッドロック・キャニオン」に是非一度足を運んでみて下さい!

「レッドロック・キャニオン」の朝日、夕日、星空は感動ものです!

【基本情報】

レッドロックキャニオン(Red Rock Canyon General )

住所: State Highway 159, Las Vegas, NV 89161

営業時間:

〖ビジターセンター〗AM8:00 – PM 4:30 

〖シーニック・ループ・ドライブ〗4月~9月は、AM6:00 – PM8:00(冬期は、AM6:00 – PM5:00)

料金:車7ドル/バイク3ドル/自転車3ドル/歩行者3ドル

標高・面積等:最高標高2485m、岩壁最高910m、面積792k㎡。シーニックドライブ全長21km

公式サイト:: https://www.redrockcanyonlv.org/

※記事内容は執筆時点のものですので、最新の内容をご確認ください。

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