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アメリカ ワシントンDC ナショナル・ギャラリー(国立美術館)

更新日:2020年12月28日


こちらは、「ダ・ヴィンチ」を初めてとするイタリア美術、13~20世紀のヨーロッパ、アメリカ美術のコレクションが充実する世界的に有名な美術館の1つ「ナショナル・ギャラリー(国立美術館)」です!

「スミソニアン」の博物館群の中にあるため、「スミソニアン協会」の1つと思われがちですが、運営は全く別とのこと。

「スミソニアン博物館群」同様、無料で鑑賞できますが、創設者「アンドリュー」氏の『誰でも入れる美術館を…。』との思いから開館以降実現しているものなのです。

巨大な美術館ですので、全部回ろうとすると半日以上は必要となり、好きな方は1日割いても足りないかもしれません。

ナショナル・ギャラリー:基本情報

〖歴史・概要〗

「ナショナル・ギャラリー」はピッツバーグ出身の金融業者で美術品の収集家、そして3代に渡る大統領の下で財務長官を務めた「アンドリュー・W・メロン」氏からの寄贈を受ける形で、1937年に上下両院の合同委員会により建設が決定しました。

「メロン教育慈善団」からの基金を元に美術館の建設が始まり、1941年3月17日に「フランクリン・D・ルーズベルト大統領」が引き渡しを受けオープン。

その後、世界中の多くの個人の美術品収集から美術品が寄贈されるようになり、13世紀から現代までの絵画や彫刻など西洋美術を中心としたコレクションの総数はおよそ12万点にものぼり、その数は個人からの寄贈などで毎年増え続けていると言います。この作品群を無料で楽しめるのだから驚きです!

自由に写真も撮影できますし、絵画のすぐ近くまで行って間近に見ることができるのは自由の国アメリカらしいと言う感じです。また、画家さんがたまに美術館にやって来て、自分のお気に入りの絵画の前で模写をしている姿もよく見かけますよ。


〖住所〗

Constitution Ave. NW, Washington, DC 20565

〖電話番号〗

+12027374215

〖アクセス〗

最寄り駅: Archives Station(アーカイブス駅)

※メトロ地下鉄の「イエローライン」・「グリーンライン」の2本が通っています。「アーカイブス駅」から「ナショナル・ギャラリー」までは、徒歩5分程度かかります。

DC Metro 公式サイト:https://www.wmata.com/

路線図:https://www.wmata.com/rider-guide/new-riders/upload/pocket-guide-English.pdf


〖入場料金〗

無料

〖営業時間〗

月曜日〜土曜日:10時00分〜17時00分

日曜日:11時00分〜18時00分

〖定休日/休業日〗

なし/クリスマス・正月

〖公式サイト〗

https://www.nga.gov/

【西館・東館・彫刻庭園の3つのセクション】

「ナショナル・ギャラリー」は〖西館〗〖東館〗〖彫刻庭園〗の3つのセクションに分かれています。

それぞれ年代で分かれているのでとてもわかりやすいです。

〖西館(West Building)〗

〖西館(West Building)〗には、13~19世紀ヨーロッパ絵画、彫刻、アメリカ美術など:「レオナルド・ダ・ヴィンチ」・「フェルメール」・「ルーベンス」・「モネ」・「セザンヌ」・「ゴッホ」などがあります。

〖東館(East Building)〗

〖東館(East Building)〗には、20世紀の現代美術を集めた新館:ウォーホールやマチスなどがあります。

〖彫刻庭園(Sculpture Garden)〗

「彫刻庭園(Sculpture Garden)」は、「ナショナル・ギャラリー」の〖東館(East Building)〗を出て、〖西側(West Building)〗にあります。

とても広く木々が生い茂った森の中に個性豊かな彫刻がずらりと並び、天気の良い日に散歩しながら回ると最高です。

【作品紹介】

今回は、有名な作品、日本人になじみの深い作品を中心にご紹介します。

ちなみに、館内では地図がもらえますが、地図に部屋番号が無く居場所を確認するのに苦労しますので、目当ての作品はあらかじめ、「インフォメーションセンター」で場所を聞いておくことをおすすめします!

【13〜16世紀イタリア美術】

〖レオナルド・ダ・ビンチ:「ジネブラ・デ・ベンチの肖像」〗

「ナショナル・ギャラリー」のハイライトはイタリア国外では最高と言われる「イタリア美術」です。中でもヨーロッパ以外で見ることのできる唯一の「レオナルド・ダ・ビンチ」の絵画「ジネブラ・デ・ベンチの肖像」は必見!

愛する男性との結婚が許されず、別の男性との結婚が決まっていた女性「ジネブラ」の切ないような悲しげな様子が絵から見て取れるように感じます。結婚後、夫はひどい財政難に陥り、「ジネブラ」自身も病気がちな生活を送ったとされています。「ジネブラ・デ・ベンチの肖像」は展示場「6」にあります。

また、この絵画には裏面もあるので、裏に回ってじっくり見て下さい。

〖ボッティチェリ:「若者の肖像」〗

「ジネブラ・デ・ベンチの肖像」と同じく、展示場「6」にあるのが15世紀の「フィレンツェ」の宮廷画家の代表「ボッティチェリ」の「若者の肖像」です。

若者の優雅な手の動きがさりげなく描かれていますが、この手のしぐさは「若年層関節炎を表している」と解釈する人もいるそうです。

この他にも同じく「ボッティチェリ」の「東方三博士の礼拝(TheAdoration of the Magi)」と言う絵も必見です!

〖ラファエロ:「アルバの聖母子」〗

典型的なイタリアの田園風景を背景に聖母「マリア」と幼児「キリスト」、幼児洗礼者聖「ヨハネ」の3人が十字架を見ている様子が描かれています。

教会への献上用に「パオロ・ジョヴィオ」が「ラファエロ」に依頼した作品でしたが17世紀にナポリ駐在スペイン総督によってスペインに運ばれ、18世紀中は貴族の「アルバ家」が所有していたことから〖アルバの聖母〗と呼ばれるようになりました。

その後、1836年にロシア皇帝「ニコライ1世」が、「サンクトペテルブルク」の「エルミタージュ美術館」の前身である王室コレクションの目玉作品として購入し、更にその後100年程たってから当時のソビエト政府が財政難から売却し、アメリカ人実業家「アンドリュー・メロン家」の手に渡り、「ナショナル・ギャラリー」に落ち着くことになりました。「アルバの聖母子」は展示場「20」にあります。

【17世紀イタリア美術】

〖フェッティ:「ベロニカのベール」〗

イタリア美術の中では、「フェッティ」の「ベロニカのベール」も必ずみてもらいたい作品の1つです。

「キリスト」が処刑される時に「ベロニカ」と言う女性が渡した布で「キリスト」が顔を拭いたら後になって「キリスト」の顔が浮かび上がったと言う逸話に基づきかかれたもので、血を流し苦痛をにじませている「キリスト」が写実的に描かれています。「ベロニカのベール」は展示場「30」にあります。

【18世紀フランス美術】

〖ジャン・オノレ・フラゴナール:「本を読む少女」〗

18世紀の「ロココ美術」盛期から末期を代表するフランスの画家の「ジャン・オノレ・フラゴナール」は、1732年南フランスのカンヌに近いグラースで、皮手袋製造業を営むイタリア系の家庭に生まれました。

1738年には家族と共にパリに出てその後、「シャルダン」や「フランソワ・ブーシェ」と言う巨匠に指事し、その努力が実り1752年20歳の時にフランスの王立絵画彫刻アカデミー主催のコンクールである「ローマ賞」1等賞を受賞しました。

イタリア留学などを経てパリに戻った後も貴族や財界の有力者との交流を持ち、個人の邸宅の装飾画の注文などで好評を得ていた「フラゴナール」が1770年に描いたのが「本を読む少女」です。「本を読む少女」は展示場「50」にあります。

ちなみに、この絵のモデルは不明とされていますが、一部の研究者からは「フラゴナール」の妻の妹で画家の弟子であり、しかも愛人でもあった「マルグリット・ジェラール」とする説も出ています。絵を見る限り良家の子女が読書に没頭している上品な絵に見えますが、実は愛人だったとしたらまたちょっと見方が違ってくる気がしますね。

また、旺盛を極めた「フラゴナール」も1789年の「フランス革命」による体制変革の後は「ロココ美術」も次第に下火になり、晩年は人々からは忘れられ、不遇な生活を送りながら貧困のうちに亡くなったと言います。

【19世紀フランス美術】

〖モネ:「ルーアン大聖堂」〗

印象派の巨匠「クロード・モネ」の後年の作品に特徴的なのは、連作という形式。「モネ」は「ルーアン大聖堂」だけでも30以上の作品を残しています。

これについて「モネ」は「大聖堂に惹かれたわけではなく、時間とともに変化していくその場の雰囲気に取り付かれたのだ」と語っているそうです。

「ナショナル・ギャラリー」に展示されている2つの「ルーアン大聖堂」もその連作の1つで、移り行く時間と光の変化によってできる、大聖堂の微妙に違った表情がカンバスに美しく表現されています。「ルーアン大聖堂」は展示場は「87」にあります。

モネ:パラソルと女性ーモネ夫人と息子〗

同じく展示場「85」には、「モネ」の作品の代表作の1つ「パラソルと女性ーモネ夫人と息子」が展示されています。

風景画の「モネ」が描く貴重な人物画で、「モネ」が当時滞在していたパリ北西ヴァル=ドワーズ県の街「アルジャントゥイユの草原」に当時の妻である「カミーユ・ドンシュー」が日傘を持って立ち、その傍らに当時5歳だった長男「ジャン」が寄添う様子をモデルに制作されています。

愛する妻と息子が振り向いている幸せいっぱいの様子をとらえた作品だとされています。しかし愛する「カミーユ」はこの絵が描かれてから4年後の32歳の若さにして亡くなりました。ちなみに、「モネ」が描いた「日傘をさす女性」の絵は3枚あるとされています。

残りの2枚はフランスの「オルセー美術館」にあり、この2枚は愛する妻「カミーユ」が亡くなってから7年後、再婚相手の連れ子がモデルをつとめましたが、逆光と風で顔はよく見えないように描かれています。

「人物も風景の一部としてとらえていたから詳細に表情を描いていない」との説がある一方で、「カミーユ」の面影を追っていた「モネ」は、顔をわざと描かなかった、もしくは描けなかったとの説もあります。