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アメリカ ワシントンDC 第二次世界大戦記念碑

更新日:2020年12月28日


こちらは、アメリカ合衆国の首都ワシントンDCの中心部「ナショナル・モール」にある記念碑の一つ「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」です。

「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」は、ワシントンDCの代表的な観光スポット「リンカーン記念館」と「ワシントン記念塔」の中間に位置する為、絶好の撮影スポットとなっています。

「レインボープール」を中心に州ごとに建てられた56本のモニュメントが周囲を取り囲み、夜はライトアップされ幻想的に演出される美しい噴水公園です。

【第二次世界大戦記念碑:基本情報】

〖歴史・概要〗

ナショナル・モール」の一角にある「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」は、2004年4月29日に公開された噴水広場の記念碑群で、約45メートルの「レインボープール」とそれを囲むように建てられた高さ5.18メートルの円柱56本と一体のドームで構成されたオーバル型の広場で、円柱にはアメリカ合衆国各州の名前が刻まれています。

1987年、第二次世界大戦の退役軍人である「ロジャー・ダービン」氏が、オハイオ州選出の民主党下院議員「マーシー・カプター」氏に「第二次世界大戦」の記念碑建設を依頼したことに始まります。

賛否両論が噴出しつつも、2001年9月「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」の建設が着工され、用地の基礎が掘られ、記念碑は竣工にあたって2年以上の歳月を要しました。

1997年に、オーストリア系アメリカ人の建築家である「フリードリッヒ・フロリアン」氏の考案したデザインが選定され、デザインは「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」を建設する前から既に設置されていた「レインボー・プール」とその噴水のデザインと合併させた物であるとされています。

広場は長さが約103メートル(337フィート、10インチ)・広さが約73メートル(240フィート、2インチ)ととても広々としています。また、地面下勾配が1.83メートル(6フィート)あり、これは長さ約75メートル(246フィート、9インチ)・広さ約45メートル(147フィート、8インチ)の中央「レインボー・プール」を含めた物であるそうです。


〖住所〗

1750 Independence Ave SW, Washington, DC 20024

〖電話番号〗

+12024266841

〖アクセス〗

最寄り駅:スミソニアン駅(Smithsonian Station)

※メトロ地下鉄の「ブルーライン」・「シルバーライン」・「オレンジライン」の3本が通っています。「スミソニアン駅」から「第二次世界大戦記念碑」までは、徒歩15分程度かかります。

DC Metro 公式サイト:https://www.wmata.com/

路線図:https://www.wmata.com/rider-guide/new-riders/upload/pocket-guide-English.pdf

近くには「ワシントン記念塔」や「メモリアル」が並んでいるため、モール内の他の博物館やモニュメントと合わせて効率よく回ることができ、様々なルートで行くことができます。

〖入場料金〗

無料

〖開場時間〗

24時間

〖公式サイト〗

https://www.nps.gov/wwii/index.htm

【対日本戦・対ドイツ戦からなる第二次世界大戦】

「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」は、2004年4月29日に一般公開されましたが、アメリカ合衆国第43代大統領「ジョージ・ウォーカー・ブッシュ」による除幕式は戦没者記念日の2004年5月29日に行われました。

約2年の歳月をかけて竣工した美しい記念碑なのですが、論争や批判も多く「センスが悪い」などと酷評したアメリカ人ジャーナリストもいたようです。

56本の慰霊碑には、「第二次世界大戦」当時の48のアメリカ合衆国を構成する各州の名と「コロンビア特別区(ワシントンD.C.)」・「アラスカ州地域一帯」・「ハワイ州地域一帯」・「フィリピン王国」・「プエルトリコ」・「グアム」・「アメリカ領サモア」・「アメリカ領ヴァージン諸島」の名前が刻まれており、慰霊碑手前には「ビクトリー・パビリオン」という大きなドームへと続いています。

2つのドームにはそれぞれ「大西洋(Atlantic)」「太平洋(pacific)」と刻まれており、内部には4羽の鷲とともに月桂冠の冠が安置されています。

【太平洋・大西洋の激戦地】

2つのドームの足元には、「大西洋(Atlantic)」「太平洋(pacific)」のそれぞれの主な戦地名が刻まれており、対日本戦は1941年12月8日の「パールハーバー(真珠湾攻撃)」に始まり、「マレー沖海戦」「ジャワ沖海戦」と続きました。

連合軍の拠点シンガポールに攻め込まれると、アメリカ軍は日本本土の空襲を始めます。1942年6月の「ミッドウェー海戦」以降、日本軍はみるみる戦力を落としていきました。奇襲攻撃として知られる「パールハーバー(真珠湾攻撃)」では、旧日本軍は初めからつまずいてしまいます。

当時のアメリカ日本大使館の職員は自国の暗号を読解できず、宣戦布告より攻撃が先になるという大失態を演じます。アメリカ軍は早くから奇襲攻撃に気付いていたといわれますが国際法上の初歩的ミスを利用しないはずはなく、奇襲攻撃は大成功を納める結果となります。

【自由の代償(The Price of Freedom)】

「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」の「太平洋(pacific)」ドームから続く小路の先には、小さな池があるスペースがあります。

その向こうに建てられた壁には、1粒が100人の戦死者を表すという4048個の金星が埋め込まれている「フリーダム・ウォール」と称されるものがあります。

壁面には、「真珠湾」・「バターン・コレヒドール」などの戦場の名とともに「The Price of Freedom」の文字が刻まれています。第二次世界大戦では、民間人を除くとアメリカが払った犠牲者の数は40万人とも言われています。

ドイツは530万人、日本は290万人、最多のソ連は1500万人以上の犠牲者がでたと言われています。世界全体では、推定2300万人の軍人が戦争によって尊い命を失いました。

いかがでしたでしょうか。

日本の平和のシンボルと言えば「広島原爆ドーム」や「長崎平和公園」がありますが、同じ平和を願う記念碑でも戦勝国と敗戦国ではそれぞれ思うことに隔たりがあるのは当然と言えば当然のことでしょう。

しかし、それらのことを含め、自国の歴史見つめて、二度と戦争と起こさない為にこれからどうすべきかなど視野や考えが広がるとても貴重なスポットがここ「第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)」なのです。ワシントンDCに訪れたのなら必ずしも足を運んでほしいスポットの1つです。

【基本情報】

第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)

住所:1750 Independence Ave SW, Washington, DC 20024 アメリカ合衆国 電話番号:+1 800-639-4992 営業時間:24時間 アクセス:「ワシントン記念塔」より徒歩7分

公式サイト: https://www.nps.gov/wwii/index.htm

※記事内容は執筆時点のものですので、最新の内容をご確認ください。

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