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イギリス ロンドン ロンドン塔

更新日:6月10日


こちらは、ロンドンに4つある〖世界遺産〗のうちの1つ「ロンドン塔」です!1000年近くの歴史の中で「城」・「要塞」・「宮殿」・「牢獄」と多彩な役割を担ってきました。

現在年間300万人以上が訪れる「ロンドン塔」の人気の秘密は、間近にみることができるイギリスの至宝と、「ロンドン塔」で処刑された人物たちの歴史にあります。

しかもその人物たちが幽霊になって出てきたという多数の目撃情報も!今回は、そんな「ロンドン塔」の怖い歴史を含めた魅力・見どころをご紹介させていただきます。

【歴史】

「ロンドン塔」は、1066年の「ヘイスティングスの戦い」を経てイギリスを征服した「ノルマンディー公・ウイリアム1世」が、1070年代にこの地に建てたのが始まりです。

イギリスの首都ロンドンを流れている「テムズ川」の岸辺に建てられた城砦で、王がその威厳をロンドン市民に見せつけるためだけではなく、王とその家族の身を守るためにも城塞の形をとったため、厳つい雰囲気を醸し出す建築物となりました。

大小20の塔から成りますが、もともと「ロンドン塔」として最初に建てられたのは「ホワイト・タワー」のみになります。当初は石灰塗料により外壁が白色だったことから、「ホワイト・タワー(白い塔)」とも呼ばれるようになりました。

正式名称は「女王陛下の宮殿にして要塞 (Her Majesty's Royal Palace and Fortress of the Tower of London)」。「バッキンガム宮殿」や「ウィンザー城」と同様に、現君主の「エリザベス女王」が「城主」。

そのため、「ロンドン塔」を守る衛兵「ヨーマン・ウォーダーズ(通称ビーフィーター)」以外にも、敷地内では赤い制服と黒い毛皮の帽子で知られる王室近衛兵の姿も見られます。

1625年までは国王が住まう「宮殿」として使われ、14~19世紀には「造幣所」や「天文台」として、1640年までは「銀行」、13世紀から1834年までは「王立動物園」として、幅広く使われていました。

そしてその中でも最も重要なのが、身分の高い囚人を収容する「監獄」としての役割なのです。

【魅力・見どころ!】

〖伝説:ロンドン塔の渡ガラス (The Ravens)〗

「ロンドン塔」には世界最大級と言われる「渡ガラス」が伝統的に飼育されています。

イギリス人に人気のある「アーサー王伝説」をご存知でしょうか?「アーサー王が魔法で渡りガラスに姿を変えられてしまった」という伝説です。

この伝説が支持されている為、渡りガラスを殺す事は「アーサー王への反逆行為」とも言われ、古くから不吉な事が起こるとされているそうです。

「チャールズ2世」が「ロンドン塔に住む6羽のワタリガラスがもしこの要塞を飛び立てば、イギリス王家は終わりを告げる」と言い始め、以後「ロンドン塔」では「渡ガラス」を飼うことになったのです。

現在念のために7羽のカラスを飼っており、「ロンドン塔」から出ていかないようにと羽の一部を切られていますが、「レイヴン・マスター」と呼ばれる専任の国王衛士により飼育されています。

そのカラスたちは12世紀の宮殿の跡である「The Wall of Inmost Ward」の側で見ることができますよ。

ちなみに、過去には逃げ出した例もあり、「ジョージ」と名付けられたカラスは、逃げた後よそのアンテナをかじってクビになり、「グロッグ」は逃げたまま行方不明だそうです。

〖ロンドン塔で最も有名な霊〗

先述したように、かつて「ロンドン塔」は監獄や処刑場として使用されていた過去があり、そのためか「ロンドン塔」には多くの亡霊の目撃情報があります。

特に「ヘンリー8世」の妻だった「アン・ブーリン」は群を抜いて有名です。

「アン・ブーリン」は1533年「ヘンリー8世」の2番目の王妃となり、のちに「エリザベス1世」を出産しました。

しかし、男子の誕生にこだわる「ヘンリー8世」の思いとは裏腹に、その後産まれてきたのは再び女の子。それに業を煮やした「ヘンリー8世」は「アン・ブーリン」を見限り、彼女に不倫の罪を着せ1536年5月19日、彼女を斬首刑に処したのです。

その処刑からわずか10日後、「ヘンリー8世」は新しい愛人である「ジェーン・シーモア」と結婚。「ロンドン塔」には、「アン・ブーリン」処刑後から現在に至るまで、ぬれぎぬを着せられた無念の思いを抱えてさまよう、首のない彼女の亡霊の目撃情報が後を立たないそうです。

斬首刑だった「アン・ブーリン」の幽霊には大体首がなく、目撃情報は「ロンドン塔」で勤務していた衛兵やカメラマンなど時代も様々で、オカルト好きな旅行客には世界で一番お勧めの〖世界遺産〗ともいえます。

ちなみに「ロンドン塔」では、人気のパフォーマンス「アン・ブーリンの最期の日々」が行われており、約35分のお芝居の中では1536年に起こった「アン・ブーリン」の逮捕から裁判、処刑までを再現しています。

〖ヨーマン・ウォーダーズ〗

「ロンドン塔」には「ヨーマン・ウォーダーズ(通称ビーフィーター/日本語:牛食い)」と呼ばれる、ひときわイギリスらしい紺色の地に赤い線の入った制服を身にまとう衛兵がいます。

「ヨーマン・ウォーダーズ(通称ビーフィーター/日本語:牛食い)」の歴史は15世紀、国王の命により国民義勇軍の役割として、国王の財産の守護やロンドン塔に収監される囚人たちの監視役などを務めていました。

通称の「ビーフィーター(牛食い)」の由来は、一般庶民の手に届かない牛肉が彼らの報酬の一部に含まれていたことから、そのように呼ばれたという説があります。

貴族でもないのに恵まれた境遇だったため、フランス語で「食事番」を意味する言葉が語源になっているという説もあります。いずれにしろ、今は愛称として親しみを込めて呼ばれています。

現在の彼らの役目は主に観光者向けの英語によるガイド、そして「ロンドン塔」を守る退役軍人です。

濃紺と赤のビクトリア朝の制服を着ているのが「ヨーマン・ウォーダー」なので、すぐに分かると思います。

式典の際には、赤と金の上着というチューダー朝時代の華麗な服装をするそうですよ!

「ロンドン塔」内に住み、夜警、見学者の安全確認をしている彼らのガイドはユーモアにあふれ観光客に大人気です。

ただし、とても早口なので英語に不慣れな人は聞き取るのが大変です。ガイドを聞く前にショップで売られている日本語ガイドブックを購入しておくことをおすすめします!

ちなみに、「ロンドン塔」の「ヨーマン・ウォーダーズ」になるには「軍隊に22年以上勤務する」・「善行章を授かっている」・「任命時44〜55歳である」などの条件を満たしていなければならないそうです。

〖反逆者の門〗

「ロンドン塔」にある内側の城壁に入る直前の歩道で、人々が見下ろしている場所があり、外側の城壁に門があります。

これは「テムズ川」と「ロンドン塔」を繋ぐ「反逆者の門」という門で、「ロンドン塔」は牢獄としての役割も果たしており、「ロンドン塔」内に閉じ込められる人は、すぐ隣りの「テムズ川」からこの門をくぐり、ボートで運び入れられたのです。

「エリザベス1世」が女王になる前、反逆の疑いで「ロンドン塔」に幽閉されたのですが、その時もこの「反逆者の門」をくぐっています。

この門をくぐると生きては帰れない。と当時は言われていましたが、「エリザベス1世」は潔白だったので無事に脱出することが出来たとのことです。

彼女の幽閉は何週にも渡りましたが、牢獄に入れられた人の刑期はまちまちで、長い人では断続的に25年間も拘禁されたそうです。

〖流れる血に覆われた陸地と赤い海〗

「ロンドン塔」でひと際目につくのが、陶芸家「ポール・カミンズ」、舞台デザイナーの「トム・パイパー」の共同芸術作品「Blood Swept Lands and Seas of Red(流れる血に覆われた陸地と赤い海)」です。

これは、「第一次世界大戦」にイギリスが参戦してから100年が経ったことを記念して、陶器で作られた真っ赤なポピーを敷き詰め作られました。

〖ホワイト・タワー〗

「ロンドン塔」の中で最初に建てられたのが、敷地の真ん中に見える「ホワイト・タワー」も見どころ満載!

「ホワイト・タワー」は、実際にはホワイトというより、グレーに近い色をしており、大きさは縦32メートル、横36メートルの正方形に近い形で高さは27メートルあります。

当時としては巨大な砦に、地元住民たちは恐れを抱き、その後王たちによりさまざまな大きさの塔、二重の城壁、深い堀などが造られ、難攻不落の要塞となりました。

塔は王たちの王宮でしたが、反逆や跡目争いの中では、この「ホワイト・タワー」を手中にしたものこそが、勝利を収めるともいわれていました。つまり、この塔は力と権威の象徴だったのです。

現在は、イギリスの過去から現在にいたる武具が収められ、「ホワイト・タワー」は「博物館」として開放されています。

「ヘンリー8世」など歴代の王が使った鎧や武具、徳川秀忠から贈られたという日本の甲冑などが展示されています。

中でも350年以上にわたりここに展示されている甲冑に身を固めた騎馬像「ライン・オブ・キングス」は見る者の目を奪います。

11世紀に作られた、ロマネスク様式が美しい「聖ヨハネのチャペル」も必見!一方、最上階にある処刑に使われた斧、拷問に使われた地下室では、「ロンドン塔」の闇の部分を感じることができるでしょう。

「ホワイト・タワー」には展示物が非常に多いため、ゆっくり見ているとあっという間に1時間以上が経ってしまいます。

ほかの場所の見学とのバランスも考えて、ここは駆け足気味に見るのがおすすめ!出口には「ギフトショップ」もあります。(マグカップ9.99ポンド、Tシャツ19.99ポンドなど)

ちなみに、「エドワード4世」の2人の遺児たちと思われる遺骨が発見されたのは、「ホワイト・タワー」の入口手前にある階段下。現在は埋め立てられ、使えなくなっています。

この階段は、タワー内にある「王室礼拝堂」へと続くものであり、今でも2人の幽霊が出没すると言われています。

〖クラウン・ジュエル〗

「ロンドン塔」で決して見逃してはならないのが「クラウン・ジュエル」です!

城壁内への入り口から見て、一番奥にある「クラウン・ジュエル」。「ヘンリー8世」が「ホワイト・タワー」の南側に宝物の保管所を建設して以来、「ロンドン塔」は宝物庫も兼ねるようになり、ここに展示されている宝石を散りばめた金銀の宝物は「クラウン・ジュエル」と呼ばれ、まさに英君主の権力の象徴です。

王や女王の身につける金糸のマントや、戴冠式などで実際に使われた杖など、値段もつけられないような宝飾品がたくさんあります。

画像引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/Crown_Jewels_of_the_United_Kingdom

その中でも、一番の見ものは世界有数の数々の冠!中でも「偉大なアフリカの星」と呼ばれる見どころ溢れる巨大なダイヤモンドは見逃すことができません。

このダイヤモンドの原石は「カリナン」と呼ばれ、3106カラットもあります。105カラットのダイヤモンド「コ・イ・ヌール」も必見です!

また、「ウェストミンスター寺院」での「戴冠式」で使われる「聖エドワード王冠」・「宝珠」・「王笏(おうしゃく)」・「指輪」のセットも必見!

これらの「即位の宝器」は、1953年に当時27歳だった「エリザベス女王」も「戴冠式」で身にまとったもので、世界で2番目に大きい530カラットのダイヤモンドが眩しい「王笏(権威の象徴とされる杖)」は、息をのむこと間違いなしの逸品です。

画像引用元:https://en.wikipedia.org/wiki/Crown_Jewels_of_the_United_Kingdom

「宝石にはさほど興味がない」という方も、ここに展示されている金銀の宝物を目にすれば気持ちが変わるかもしれません。

もちろんすべて本物であり、「この王冠は現在、エリザベス女王がお使いのため展示されていません」という日すらあります。

建物内外の警備は厳重で、内部の写真撮影は特に厳しく禁止されています。また、土日や平日でも混んでいる時間帯には「ウォータールー兵舎」の前に行列ができています。

〖ウェイクフィールド・タワー〗