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スペイン バルセロナ ミロ美術館:魅力・見どころ・アクセス方法・基本情報まで徹底ナビ!


こちらは、バルセロナ市街を一望に見下ろす「モンジュイックの丘」に、スペインの画家「ミロ」が作った美術館「ミロ美術館(Museo De La Fundacion Joan Miro)」です!


「ミロ美術館」では彼の絵画、彫刻、スケッチなど「ジョアン・ミロ財団」が管理している作品1万点のうち、約300点を展示しています。展示会場、ホール、図書館、野外展示場で随時いろいろな催しものがあり、真っ白な箱のようなミニマリズムの近代的な外観もミロらしく、ミュージアムショップも充実しています。


今回はそんな、「ミロ美術館」の魅力・見どころ・アクセス方法・基本情報まで詳しくご紹介させていただきます!

【ミロ美術館:基本情報】

〖歴史・概要〗

「ピカソ」・「ダリ」と共に前衛美術における世界的なスペイン人巨匠の1人と呼ばれる「ジョアン・ミロ」。その「ミロ」が1968年に構想、7年後の1975年6月10日に親友の「ジョアン・プラッツ」と共に、「ミロ美術館」を「モンジュイックの丘」に開館しました。


建物は1986年に増築され、講堂と図書館が加わり、「ミロ美術館」は「ミロ」の作品を所蔵・展示するに留まらず、現代芸術活動のセンターともなっています。なお、美術館を運営する「ミロ財団」のコレクションは14,000点以上のオブジェクトで構成され、そのうち225点の絵画、169点の彫刻、9点のテキスタイル作品、4点の陶器がその中に含まれます。


また、開館するにあたり、「ミロ」は自分の作品を展示するだけの美術館ではなく、芸術家たち、特に若い世代のアーティストをサポートできる、新しい施設を作りたいと昔から考えていました。その想いが叶い、美術館の一角にある13番の展示場「エスパイ13」は、若い芸術家たちの作品の発表場所として使われています。


【ジョアン・ミロについて】

「ジョアン・ミロ」は、20世紀に活躍したバルセロナ出身の画家。元々美術学校に通っていた「ミロ」でしたが、18歳の時にチフスを患い、長い療養生活を送ったことをきっかけに画家を目指すようになりました。


その時に訪れていた美しい「モンロッチ」の風景は、彼に大いなる影響とインスピレーションを与え、特に初期の頃の作品に多く描かれています。27歳になりパリを訪れた「ミロ」は、芸術革命運動「ダダ」に出会い、1920年代半ばになると「シュルレアリスム」に傾倒していきます。「シュルレアリスム」とは、思想革命運動の一つで「超現実主義」のこと。


この時期から、「ミロ」は作品の中で記号やなどをを多く使い始め、100以上もの「夢の絵画」を描きあげました。1929年に36歳で結婚した「ミロ」はスペインに戻り、「マヨルカ島」の「パルマ・デ・マヨルカ」にアトリエを構えます。絵を描く傍ら彫刻や陶芸、壁画などにも取り組み始めた「ミロ」。第二次世界大戦中に描かれた「星座シリーズ」や「ミロ美術館」のシンボル「財団のタペストリー」など、数多くの作品を残しています。


〖住所〗


Parc de Montjuïc, s/n, 08038 Barcelona,


〖電話番号〗


+34934439470


〖アクセス〗

「スペイン広場」から「50番」のバスで約5分、ケーブルカーの「パルク・デ・モンジュイック(Parc De Montjuic)駅」から徒歩1分。


駅前には「ミロ美術館」への案内標識が出ており、標識の行き先は「Fundacio Joan Miro (ジョアン・ミロ財団)」になります。まっすぐ歩いた所にあるので迷うことなくたどり着けます。


〖入場料金〗

大人:13.00

シニア:7.00

子ども(15歳まで):無料


チケットは前もって予約購入することもできます!➡【公式サイト


ただし英語でのチケットの予約が不安な方はオプショナルツアーへの参加がおすすめ!自分の旅程にあったツアーを日本語で予約できますし、お問い合わせなども日本語で行えるので、旅前の不安もしっかり解消できます。


チケットの予約や移動の手配も全てお任せすることができるので、当日は観光だけに集中して旅行を楽しむことができます。➡

〖営業時間〗


11月~3月:10:00~18:00(日曜日10:00~15:00)

4月~10月:10:00~20:00(日曜日10:00~18:00)


〖定休日/休業日〗


月曜日/12/25・26、1/1、その他の一部祝日


〖公式サイト〗


https://www.fmirobcn.org/es/

【ミロ美術館:館内MAP】

〖1階〗

1:池、月・太陽・星

2:オリーブの木がある中庭

3:オーディオガイド・カウンター

4:チケット売り場

5:ギフト・ショップ

6:地下1階への階段

7:キャロブの木がある中庭

8:2階からの階段

9:コイン・ロッカー

10:トイレ

11:2階へ

12:地下1階(特別展)へ

13:カフェテリア、カフェ

14:ギフト・ショップ


〖2階〗

15:屋上(外)

16:出口(1階)へ

17:特別展

【ミロ美術館:魅力・見どころ!】

〖ミロ美術館:展示室・見学順路〗

「ミロ美術館」は全部で22の展示室と、6つのスペースから構成され、見学はその部屋を1〜22と順番に巡っていきます。展示されている作品は、絵画、彫刻、オブジェなどがありますが、大仕掛けな展示が多いのも「ミロ美術館」の特徴です!尚、平均的な見学所要時間は1時間45分と言われています。


〖展示室①〗

入場して最初の「展示室①」には、「ミロ」が18歳の時に療養した田舎の「ムン・ロッチ村」で描かれたものが多く、美術学校時代の初期作品が中心になっています。1919年作「ムン・ロッチ、教会と村」は「細密主義時代」の作品で、特徴としてはルネッサンス以来の西洋の風景画は遠近法を主体にして描かれており、「ミロ」は日本の「浮世絵」や「ロマネスク美術」にならい、異なる面を重ねることで奥行きを表現しています。

展示室の正面にある「夜、飛ぶ鳥たちに囲まれた女は」は、ベースはブドウの運搬用に使用された布で、その中にキャンバスを貼り付けることで、もう一つの四角が表現空間であることを表し、いわばこの作品は絵画の中の絵画と言えます。こちらは「ミロ」が75歳の時の作品です。

また「絵画 (ワインボトル)」は、「ミロ」がパリに住むようになってしばらくして描かれたもので、「細密主義時代」が終わり、次のシュールレアリスムの時代移行した時期の作品です。この展示室のポイントは「ミロ」の初期の学生時代の作品とそれ以降の作品との画風の違いを比べながら見れるところです。


〖展示室②〗

「展示室②」は、「ミロ」が遺した膨大な素描の中から、地元バルセロナの芸術家「Antoni Llena」がセレクションし、それらが展示されています。ここでは「ミロ」が普段の生活で思いついたアイデアなどを常に描きとめていたことを知ることが出来ます。

よく見ていくと「ミロ」の代用的な作品の元になったデッサンが幾つか見てとれます。例えば「カタルーニャの農夫の顔」・「アルルカンのカーニバル」・「紺碧の金」など、実際に完成した作品を思い浮かべながら見ると、これらのデッサンも非常に興味深く見ることができます。


〖展示室③〗

「展示室③」は、美術館の各展示室をつなぐ大広間で、中央サロンとなり「ミロ美術館」を代表する佳作が幾つも展示されています。「自画像」は既に最初の「ミロ」の作品解説で述べましたが、1937年に描いた元の絵の上に、23年後に大胆に描き加えたものです。

「ミロ」の絵には可愛いものも多く、「絵画(白い手袋)」これがその代表的な作品の一つ。「ミロ美術館」の数ある作品の中で、特に日本人の女性には人気が高いのがこちらの絵です。1925年に描かれた「絵画」は一見すると空を飛ぶ鳥と見えますが、「ミロ」が言うのは「空白に魅せられて広がっていくシミの様に見せたい。私は虚空、それも完全な虚空にとっても興味がある。色あせた濁った私の背景の上を、私の夢の段階を表す図像が横切っていく」とのこと。

作品「詩 Ⅲ」は3連作の一つで、他の2作はそれぞれに少しだけ違う線と色が配されています。「ミロ」によると「絵画の空間とは白紙の上の画家の言葉」。つまり、キャンバスの中の自由な線、色、省略した2文字は、描かれているというより空間との詩的対話をここでは表現しています。

そして、作品「紺碧の金」にうちては、フランスが生んだ天才詩人「アルチュール・ランボー」。彼が16歳の時に書いた詩「太陽と肉」の中で「どうして静寂の青は計り知れない空間にあるのか/どうして金の星々は砂にあふれているのか」。と言う、一文を参考に作品を描き上げました。

これらで分かるように、「ミロ」はしばし作品の題材として詩を用いました。更にここには、三部作となっている大きな絵画作品が二つ展示されています。「独房の為の白い背景の絵」・「死刑囚の希望」は、フランコ政権末期のスペインで反政府組織の一員として資金調達のために銀行強盗をくり返し、警察官と銃撃戦になり警察官1名を射殺した「サルバドール・プッチ・アンティック」にまつわる作品です。

同じカタルーニャ人として「ミロ」は、裁判で死刑判決を受けた「アンティック」に同情心を寄せていましたが、この作品は期せずして彼の処刑日に完成します。3つそれぞれの絵にある一本線は、途切れた生命の糸を意味し、死刑の恐怖を表現しています。


〖展示室④〗

「展示室④」は主に、スペイン内戦中とその前後の時代に描かれた作品が中心。「排泄物の山を前にした男と女」は、キャンバスの半分を占める黙示録的な黒い空、その向こうにある排せつ物の山は、内戦を前にした「ミロ」のいたたまれない悲観とこの後に起きる内戦を予言したものです。作品「人物」を含めて不気味な絵が多い、いわゆる「野生の絵画」がこの展示室の半分を占めます。

内戦の終了にともないスペインに独裁政権が誕生し、前衛芸術は弾圧と検閲により壊滅しますが、「ミロ」はこれを逆に外界から自分を隔離して仕事に打ち込める場と考え創作に励み、ミロ作品の中では最も人気ある「星座シリーズ」を完成させます。またそれに続く作品「日の出の女性と鳥 」などの作品がここでは展示されています。

また、作品「逃避を夢見る女性」をはじめ、この時代の絵ではキャンバスの中で何が主役か、「ミロ」が用いる記号「女性」・「目」・「性」・「鳥」・「太陽」・「月」・「星」・「避難はしご」などは、何を意味するのかは、観る者の判断次第で変わってきます。


〖展示室⑤・⑥・⑦・⑧〗

「展示室⑤・⑥・⑦・⑧」までは、日本人コレクターの「勝田一正」氏が2001年に「ミロ美術館」に「勝田コレクション」として預けられた作品です。元々は、ニューヨークの大物画商で「アンリ・マティス」の次男の「ピエール・マティス」の画廊にあったものになります。

創立に合わせ、晩年の「ミロ」本人の作品の寄付からスタートした「ミロ美術館」。その後に、残されたミロ家族から後に追加の寄付もありましたが、この32点の「勝田コレクション」こそが、「ミロ美術館」の所蔵作品のレベルを大きくアップさせました。ちなみに、「勝田」氏はその貢献により「ミロ美術館」の評議員であると共にバルセロナの名誉市民となっています。

作品「開けた空から希望が戻る」は、子供の描いた絵とも取れますが、キャンバスに押された手形です。この後、多くの作品に多用さるのですが、「ミロ」は手形を押した瞬間から絵描きと作品との深い対話が始まると信じていたようです。


〖展示室⑨〗

「展示室⑨」で目を引くのは、大きな布とそれに掛けられた8本の傘、作品名「8本の傘のソプレテシム」。「アッサンブラージュ」の一種ですが、「ミロ」本人以外には分かり難い作品。更に、もう一つの焼け焦げたキャンバスの作品「焼けた布」は更に解釈が難しいとされています。

この後に行く美術館の2階の展示室では「焼けた布」の制作過程が、ビデオで紹介されていますが、ある意味衝撃的です。良い言い方をすれば大胆で斬新な画法、悪い言い方をすればハチャメチャ、危なっかしいおじいさんの火遊び。晩年の「ミロ」を知る上では、非常に興味深いビデオです。

そんな中で、「ミロ」が日本に滞在中に見た新聞に載っていた、江戸時代の禅僧「仙厓義梵」が描いた絵「☐△〇」にインスピレーションを得たのが作品「太陽の前の人物」は、まだ理解しやすいと言えます。ちなみに、上記の「8本の傘のソプレテシム」・「焼けた布」の2作品は非常に大きく、晩年の「ミロ」作品が徐々に巨大化していく様が見てとれます。


〖展示室⑩〗

「展示室⑩」は、建物の棟と棟をつなぐ廊下になり、その廊下に置かれているのが陶器の作品「2つの顔を持つ石柱」。前面は「ミロ」らしいデザインですが、背面は植物を押しあてた跡があり自然を表していますが、日本人には花札にも見えなくありません。こちらの作品は、彼の友人でもある陶芸家「ジョセップ・リョレンス・アルティガース」と共同作で、これ以外にも幾つもの陶器作品、例えば「バルセロナ空港」や「ユネスコ本部の巨大壁画」に代表される作品を「ミロ」は残しますが、常に友人の「ジョセップ」との共同で制作しました。

また、廊下からは「テラス」に出れるようになっていて、そこには「バルセロナ市のためのモニュメント計画(月、太陽、星)」が小さなプールの中に鎮座し、その向こうにはバルセロナ市街が一望できます。横にはベンチがありますので、そこで美術鑑賞の中休みをするのもおすすめです!

更に、廊下を進むと左に水銀を水代わりに使ったオブジェが見えて来ますが、これは「ミロ」作品ではなく、「アレクサンダー・カルダー」作の「水銀の泉」。尚、作品には有毒な液体の水銀が使われているため、鑑賞者からガラスで隔てたところに展示されています。ちなみにこちらの作品は、1937年「パリ万博」の「スペイン館」で、「ピカソ」の「ゲルニカ」や「ミロ」の「刈り入れ人」と共に同じ場所で展示されていたものになります。


〖展示室⑪〗

この展示室で何と言っても目を引くのが、巨大なタペストリー「タペストリー」。バルセロナの南、タラゴナ出身の若手アーティストだったジョゼップ・ロヨの協力のもと麻布の上にアクリルウールと綿を縫い付け作られた作品は圧巻。人によっては猫に見えると言いますが、テーマはミロが晩年よく用いた女性、星、月です。


〖展示室⑫〗