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ハワイ オアフ島 クイーン・エマ・サマーパレス

更新日:2020年12月30日


こちらは、「カメハメハ大王」の孫にあたる4世と、その妻の「エマ王妃」、そして幼少の「アルバート・エドワード王子」が過ごした夏の離宮「クイーン・エマ・サマーパレス(Queen Emma Summer Palace)」です!

ハワイで宮殿というと「イオラニ宮殿」が有名ですが、この「クイーンエマ・サマーパレス」も名前に「パレス」と入っている通り宮殿で、 歴史上有名な「ヌウアヌ」にあります。少し高台にあり「ホノルル」よりも涼しく、緑に囲まれているのでとても気持ちのよいところです。

「Hānaiakamalama(ハーナイアカマラマ)」とも呼ばれ、ハワイ語で「月の養子」という意味で、【国家歴史登録財】に指定されているギリシャ風リバイバル様式で建てられた離宮内は、「エマ女王」が愛用した家具調度品の数々が展示され、往時の面影を今に伝えています。

今回はそんな、「クイーン・エマ・サマーパレス」について詳しくご紹介させていただきます!

【基本情報】

〖歴史〗

「カメハメハ4世」と幼なじみでもある妻の「エマ妃」、1962年に4歳で亡くなってしまった2人の愛息「アルバート・エドワード王子」3人の思い出を残す離宮「クイーン・エマ・サマーパレス」。

宮殿というと絢爛豪華な大きな立派な建物を想像するかもしれませんが、「クイーン・エマ・サマーパレス」はギリシャ風復古調の建築物でつつましやかな佇まい。「エマ王妃」が1857年に叔父の「ジョン・ヤング2世」が死去した後にこの家を譲り受けました。

建物は1848年にこの土地をハワイ政府から購入したハワイ系白人「ジョン・ルイス」により建てられました。家の骨組みはボストンで作られ、ハワイに輸送しギリシャ風リバイバル様式で当時流行っていた東部建築方式とハワイ建築様式が融和された独自の建築となりました。

1885年の「エマ王妃」の死後にハワイ政府によって購入され、1900年代初めに「Daughters of Hawaii(ドーターズ・オブ・ハワイ)」という団体により存続の危機にあったところを免れました。

【エマ王妃】

「エマ王妃」は「カメハメハ1世」の良き友であった「ジョン・ヤング」の孫娘として、1836年1月2日に「ホノルル」で生まれました。 

生まれてすぐに「エマ」は産みの母親の姉妹である「グレース・ルック」と開業医の「T.C.ルック」夫婦の養子として育てられます。6歳から他の首長の子供たちと共に学校へ通い、「カラカウア王」や「リリウオカラニ女王」とも共に学んでいたそうです。 

そして20歳の時に22歳の「アレクサンダー・リホリホ(カメハメハ4世)」と結婚。「カワイアハオ教会」にて盛大な結婚式が開かれました。 

英国人の血を1/4引いている「エマ王妃」は、英国人医師である「ルーク」氏と母方の伯母「グレース」に育てられたこともあり、イギリス国教教徒でもあったそうです。「カメハメハ4世」との結婚式もまた、イギリス国教に基づき教会で行われました。

結婚から2年後に「アルバート王子」を出産しましたが、4歳で亡くなってしまい、すぐ翌年には「カメハメハ4世」も29歳の若さで亡くなってしまいます。 「パレス」の外には「エマ王妃」、「カメハメハ4世」と「アルバート王子」の幼い手で植えられたといわれる木が3本並んでそびえ立っています。 

27歳にして最愛の夫と息子に先立たれてしまう「エマ王妃」ですが、それでも芯の強さと威厳を保ち続けたと言われています。ハワイの人々のことを考え多大な資金を上げるために努力し、クイーンズ病院の設立、慈善活動や教会の仕事などに貢献するばかりか、1874年には第6代「ルナリオ王」逝去後の選挙に出馬、「カラカウア王」と戦ったほどです。

敗北してしまいますが、当時の選挙は国民投票ではなく、アメリカ寄りの白人の影響が強い議会内で実施されていたのです。

そして、晩年はこの「サマーパレス」で静かに暮らし、1885年に49歳で「ルック家」で永眠しました。

「エマ王妃」は日本とも関わりがあり、1860年には、【日米修好通商条約批准】のための日本の使節団を乗せた「ポーハタン号」と共に「サンフランシスコ」に向かった「咸臨丸」が復路に「ホノルル」に寄港し、代表団が「カメハメハ4世」と「エマ王妃」に謁見しています。

〖住所〗

2913 Pali Highway, Honolulu, HI 96817

〖電話番号〗

(808)595-6291

〖アクセス〗

「クイーン・エマ・サマーパレス」は「ワイキキ」から車で約20分。ヌウアヌ渓谷の一角、後方に「ダウンタウン」のビル群が見えるくらいの距離のところにあります。

行き方は、「ダウンタウン」から「パリハイウェイ」をまっすぐ北上するだけですが、「ダウンタウン」からでも歩いたら約1時間かかりますので乗り物を利用してくださいね。

グリーンの「Queen Emma Summer Palace」の案内が見えたら右に曲がります。ちなみに、「The BUS」や「トロリー」を利用する場合もここで降ります。

そして、小道を左の方にそのまま進むと、「クイーン・エマ・サマーパレス」が見えてきます。駐車場は少し分かりづらく、入口に小さな緑の看板が出ているので、注意して見逃さないようにしましょう。

〖開館時間〗

月曜日〜土曜日:9:00~16:00/日曜日:10:00~15:00 (祝日は閉館)

〖入館料〗

大人:$10・小人(5-17歳 ):$1

【チケット購入方法】

建物の裏側にまわると売店がありますので、ここでチケットを購入します。

チケットは手の甲にスタンプを押してもらいます。宮殿内には入り口で靴脱いで入り、入り口でボランティアの方が注意事項と簡単な説明をしてくださいます(英語)。

〖日本語ガイド〗

毎週日曜日:11:00/13:00

※ガイドツアーは通常英語ですが、日本語ツアーは前もっての予約が必要。

【ガイドツアー】

無料(ボランティア):

日曜日:11:00,13:00/月曜日~木曜日:10:00,11:00,13:00,14:00/金曜日:13:00,14:00/土曜日:10:00,11:00,13:00,14:00

※ガイドツアーに参加の場合は15時までに参加すること。

〖公式サイト〗

http://daughtersofhawaii.org/

【魅力・見どころ!】

「クイーン・エマ・サマーパレス」は【国家歴史登録財】として認定され、建物内には〖玄関の間〗・〖正面寝室〗・〖客間〗・〖マントの間〗・〖裏寝室〗・〖中央の広場〗・〖エジンバラの間〗の7つの部屋があり、全部で24枚といわれるキルトコレクションや、エマ王妃がヨーロッパ旅行の際に購入したピアノ、エマ王妃が使っていたベッドとともにアルバート王子が使っていたベビーベッドや洋服など、ゆかりの品々が展示されています。

また、結婚の際に英国の「ビクトリア女王」から送られた食器棚や食器や「明治天皇」から王族に贈られた品なども展示されており、当時の王家の栄華が偲ばれます。

ちなみに、正面玄関向かいに見える植物は「ククイナッツ・ハワイの州の木」で、今から60年前ハワイがアメリカの50州になった時に「州の木」として定められたそうです。

〖玄関の間〗

「玄関の間」には、「王家の紋章」を中央に左に最愛の夫「カメハメハ4世」、右に「アルバート王子」の写真が飾ってあります。

その両脇に「カーヒリ(鳥の羽)」が立てかけてあります。空高く飛ぶ鳥は、神様に近い存在として「マナ(ハワイ語で霊)」があると信じられており、儀式・祭典のときに王族の象徴として使われました。ちなみに、この部屋以外にも様々な場所に「カーヒリ」が立てかけてあります。

〖正面寝室〗

玄関を入ってすぐ右の部屋には、4歳で突然に亡くなった「アルバート王子」の誕生を祝い、「エマ王妃」が夫の「カメハメハ4世」とともに注文した、ハワイ固有の木(カマニ、コウ、コア、ミロ)で作られた「揺り籠(ゆりかご)」が展示されています。

柱にパイナップルのデザインが施された「カメハメハ4世」のベッドと「エマ王妃」のベッドもあり、蚊にさされないように蚊帳がつれるようになっている国宝です。その上には「ハワイアンキルト」が飾られ、「サマーパレス」にはアンティークも含むキルトコレクションが24枚あり、古い物では1880年代に作られたものがあると言われています。

その中にある1900年に作られたとされる「ロイヤルカラー(黄/赤)」のキルトは「カラカウア・クラウン&リース・キルト」と呼ばれ、「マージョリー・ステーブンス(Marjorie Booth Stevens)」から寄付されたキルトの一枚。デザインの周りにはエコーキルトが施されており、時によっては「サマーパレス」内で展示しています。

こちらにも、鳥の羽で作られた王家の象徴「カーヒリ」が飾られています。

〖客間〗

入口を入って左の部屋にある「ピアノ」は、結婚から7年後、「カメハメハ4世」が29歳で逝去したのち、「エマ王妃」がヨーロッパを旅行した際に購入したもので、腕に覚えのある方は自由に弾くことが出来ます。

この部屋にも近年になって、アホウドリの羽で作られた「カーヒリ」があります。また、「エマ王妃」は6000冊もの本を所有しており、のちに寄付をしたそうです。その本が元になって「ハワイ州立図書館」ができたそうです。「エマ王妃」は病院や学校だけではなく、図書館の基礎も造っていたんですね。

〖マントの間〗

「マントの間」には、王室用羽根の「マント」があり、赤い羽根の部分はハワイ固有種の鳥「イイヴィ」、黄色の羽根の部分は絶滅したハワイ固有種の鳥「マモ」です。

鳥の羽根をつかったといっても、鳥を殺して羽根をむしり取るようなことは絶対にせず、抜けて落ちた羽根を拾ったり、蜜を吸う花にとりもちを塗っておき、とりもちに鳥がかかったら何本か羽根を抜いてすぐ放すのです。

鳥の羽根はまた生えてくるのですが、このようなマントができあがるまでは、とても気の遠くなるような話です。

〖王子の寝室(裏寝室)〗

「王子の寝室(裏寝室)」の部屋には、「アルバート王子」の遺品などが展示してあります。久しぶりの王家の跡継ぎの突然の死は「カメハメハ4世」、「エマ王妃」に大きな打撃になりました。

ガラス棚には「イエイエ」という植物を編んで作られた王子用の子供用の「ヘルメット(鳥の羽が付いていない)」や、消防士を夢見ていた王子の洋服なども展示してあります。

王子が亡くなって1年後に、夫の「カメハメハ4世」も亡くなり、悲しみに暮れた「エマ王妃」は、「マウナアラ」という2人が眠る「ロイヤルファミリー」のお墓を2週間離れなかったと言われています。

また、コア材の台に置かれた「アルバート王子」のための陶器の浴槽は、中国の皇帝からの贈り物で、「アルバート王子」の肖像画のビロードの衣装もあります。

ベッドの上には「カメハメハ4世」と「エマ王妃」が「カワイアハオ教会」で挙式した時に着ていた「エマ王妃」の「ウェディングドレス」があります。

〖中央の広場〗

「中央の広場」には、「アルバート王子」の名づけ親であるイギリスの「ヴィクトリア女王」から送られた「銀の聖水入れ」や「エマ王妃」のアクセサリーや所持品などが展示されています。