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メキシコ メキシコシティ 国立人類学博物館

更新日:2020年12月31日


こちらは、「メキシコシティ」を訪れた際には必ず見学したい観光スポット「メキシコ国立人類博物館(Museo Nacional de Antropología)」です!

「メキシコシティに観光に行くだけど、絶対に行った方が良い場所ってどこ?」と相談を受ける時は、滞在日数に関わらず真っ先に「メキシコ国立人類学博物館」をおすすめします!

世界最大級のコレクションの数を誇る「国立人類学博物館」は、ゆっくり見学して丸1日かかるほどで、考古学ファンでもそうでなくても古代文明への好奇心が膨らむ、盛りだくさんな博物館です。

そこで今回は、「メキシコ国立人類学博物館」のチケット料金(割引き料金・学割なども)や詳しい行き方(タクシー、メトロ)、営業日&営業時間、そして、さすがに丸1日も時間を費やせない。という方のために、絶対に見逃せない展示品を厳選して、魅力・見どころのポイントをご紹介させていただきます!

【メキシコ国立人類学博物館とは】

「メキシコ国立人類学博物館」とは、メキシコ全土の重要な出土品や文化遺産が一堂に集められた「メキシコの宝箱」のことを表します。

全22部屋からなる世界的にも大規模な「メキシコ国立人類学博物館」には、2つのテーマがあります。

〖古代メソアメリカ文明&考古学〗

2階建ての建物の1階部分には、メキシコ各地から出土した「古代メソアメリカ文明(アステカやマヤ、テオティワカン、オルメカなど)」の重要な壁画や石像、土偶など、考古学的にとても重要な発掘物や遺跡の一部、重要な文化財が保存されています。

多くの人のお目当ては、ここ1階の「考古学エリア」で、メキシコの古代文明において重要な物品や、考古学における「大発見」レベルの品々がずらっと並べられており、考古学好き・ロマン好き・遺跡好きにとっては、まさに天国のような空間です。

〖メキシコの民族(民俗学)〗

「民族多様性」が国の特色でありアイデンティティでもあるメキシコは、現在も各地に様々な民族が暮らしています。

2階の「民俗学エリア」では、現在もメキシコに暮らす民族の暮らしや祭り、伝統衣装や伝統アートを見ることができます。

このように、人類の起源からメキシコの現在に至るまでの数々の文明や発展の歴史を余すことなく紹介しつくしており、展示物に関しては他の博物館にありがちな模造品ではなく、ほとんどが本物の出土品を展示しております。

そのため時間のない旅行者などは「国立人類学博物館」を訪れる事で、メキシコの重要文化財のほとんどをチェックすることができるのです!

【展示内容について】

〖1階:古代メソアメリカ文明&考古学〗

全部で12室有り、第1室から反時計回りにぐるっと一周し、余裕があれば2階の民族学コーナーを見るのが基本ルートとなります。

【第1室: 先住民文化・期間限定展示】

・メキシコ各地の先住民についての展示部屋となっており、ここから先の各部屋で部族ごとのより詳細な展示品の数々を見ることが出来ます。

【第2室: 人類学入門】

・現代人類に至るまでの文化的、社会的、肉体的変化の歴史を展示しています。

【第3室: アメリカの起源(30000-2500 BC) 】

・アメリカ大陸へ移り住んだ人々の生活の様子を展示しており、狩猟文化からの変化や農業文化についての展示となります。

【第4室: 前古典期(2500 BC-AD 100) 】

・人口増加や農作物不足が引き起こした食糧危機や、社会の混乱などを展示しているエリアです。

【第5室: テオティワカン (AD 100-700) 】

・メキシコで最も有名な文明の一つ「テオティワカン」の歴史についての展示があります。

【第6室: トルテカ(AD 700-1200) 】

・「テオティワカン」没落後に発展した都市の様子を展示してあり、代表的な「ソチカルコ」、「カカシュトラの遺跡群」などを見ることができます。

【第7室: アステカ (AD 1200-1521) 】

・「メキシコ国立人類学博物館」で最大規模の部屋になり、最大の見どころ「アステカカレンダー」もこの部屋にあります。

【第8室: オアハカ文化】

・この地方に栄えた「モンテ・アルバン」、「ミトラ両遺跡」の出土品が展示されており、この地方の出土品の金や銀でできた装飾品も見どころです。

【第9室: メキシコ湾岸】

・「オルメカ文明」を中心とした展示となっており、これまでの文明・歴史とはまた違った文明の様子を垣間見ることが出来ます。

【第10室: マヤ】

・「マヤ文明」に関しての部屋になり、「マヤ人」の高度な数字理解力やマヤ数字の読解表を見ることが出来ます。

【第11室: 西部】

・西部メキシカンの様々な社会性について紹介しており、彼らの体や生活様式、金属加工技術など興味深い内容が多い部屋です。

【第12室: 北部】

・アメリカに近い北部メキシカンの文化について紹介しており、西部とは生活様式も異なることがわかります。

〖2階:メキシコの民族(民俗学)〗

【第13室:ナヤリット州、ハリスコ州、サカテカス州】

・「ウイチョル族」、「ナワ族」、「コラ族」、「テペワン族」、「メスティーソ」の人々の生活について展示してあります。

【第14室:プレペチャ族】

・現在の「ミチョアカン州」周辺で繁栄した「プレペチャ」の人々の風習や生活についての展示があります。

【第15室:オトミ、パメ族】

・「オトミ族」、「パメ族」を含む「チチメカ族」の風習や生活の様子を見ることが出来ます。

【第16室:プエブラ山脈】

・「トトナカ族」、「オトミ族」、「テペワン族」、「ナワ族」が発展していたエリア周辺の生活様式を展示しています。

【17室:オアハカ:南部先住民族】

・「ミステカ族」、「サポテカ族」を含む16もの部族の様子を展示してあり、「プエブラ山脈エリア」と同様、展示スペースが大きく見ごたえも充分。

【第18室:メキシコ湾岸・ワステカ地方とトトナカ地方】

・「トトナカ人」の伝統的織物や「ワステカ」の人々のお祭りに使用する備品等の展示があります。

【第19室:低地・ジャングルのマヤ人】

・「ユカタン地方」および「キンタナ・ロー地方」、「カンペチェ地方」の「マヤ人」についての展示があり、第20室の「高地のマヤ人」と対比して観察するとに良いでしょう。

【第20室:高地のマヤ人】

・「チアパス地方」の「マヤ」の人々についての展示があり、同じ「マヤ人」でも低地と高地では装飾品類が全く異なることがわかります。

【第21室:北西部の山脈、砂漠、谷】

・北西部に暮らす様々な人種の紹介をしており、「パパゴ族」などのアメリカン・インディアンは見どころです。

【第22室:ナワ族】

・「ナワ族」について紹介しており、装飾品類はいずれもきらびやかで一見の価値があります。

【絶対に見ておきたい超おすすめエリア!】

〖第5室: テオティワカン (AD 100-700)〗

数多くある部屋の中で、まずおすすめなのがここ「テオティワカン」文明の部屋です。

「テオティワカン文明」は、メキシコ旅行を検討中の方なら目にした事があるであろう「テオティワカン遺跡」が栄えた文明です。紀元前200年ごろ突如として現れ、メキシコの中央高原に文明を築いた「テオティワカン人」。

未だに謎が多い「テオティワカン」は、宗教的、そして経済的に重要な都市として最盛期で人口約20万人にも上ったとされます。

最も重要な建造物である「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」は、それぞれ「太陽の神」と「月の神」に捧げられたとされ、「太陽のピラミッド」は世界で3番目に大きい「ピラミッド」として知られています。

「テオティワカン人」が居住していた当時は、壁面は全て色鮮やかに塗られ、いたるところに美しい壁画が飾られていたと言います。

現在は数々の争いと月日の流れのせいで遺跡の壁の色はほぼ残っていませんが、博物館内には「テオティワカン遺跡」の「月のピラミッド」を背にして「死者の道」をずっと歩いていった所にある「ケツァルコアトル神殿」のレプリカもあり、実際に「テオティワカン遺跡」では見る事のできない当時の色彩が再現されていたりと、実際の「テオティワカン遺跡」と併せて楽しめる部屋です。

「テオティワカン遺跡」へ先に行くか、「メキシコ国立人類学博物館」が先か、どちらからでも楽しめますが、時間があれば両方行くのがおすすめです!

「テオティワカン遺跡」についての詳細はこちらの記事をご覧ください!➡

メキシコ メキシコシティ テオティワカン遺跡

〖第10室: マヤ〗

「テオティワカン文明」と並んで有名なのが、2012年に世界を騒がせた「マヤ文明」です。「メキシコ南部・ユカタン」から「グアテマラ」、「ベリーズ」、「ホンジュラス」、「エルサルバトル」にかけて栄えたマヤ文明。

最盛期と言われる後250~900年を【古典期】、その前後を【先古典期(前1600~後250年)】、【後古典期(後900~16世紀)】と呼びますが、【先古典期】については、遺跡の発掘でどんどん遡っており、「メソアメリカ」の母文明と呼ばれた「オルメカ文明」との先後関係も論争となってきています。

メキシコ国内で【世界遺産】となっている「マヤ遺跡」だけでも、「パレンケ」・「カラクムル」・「ウシュマル」・「チチェン・イッツァ」と4か所に及びます。

「メキシコ国立人類学博物館」の「マヤ」の部屋では、「パレンケ遺跡」の「碑文の神殿」という代表的な神殿の下に眠る「パカル王」の墳墓を忠実に再現していたり、マヤの高度な数学の跡を示す表であったり、未だ全てが解読されていないと言われるマヤ文字の板があったりと、とにかく「マヤ遺跡」好きには堪らない部屋となっています。

中でも、広範囲において影響力を持っていたという「パカル王」の「翡翠のマスク」はメキシコの考古学の最も重要な発見の一つでもあります。12歳で王位を継承した「パカル王」は、68年間(615~683年)もの長い統治時代に「パレンケ」を大いに発展させました。

「パカル王」の息子の「キニック・カン・バラム2世王(684~702)」は、「パカル王」を「パレンケ」最大の神殿ピラミッド「碑文の神殿」内の石室墓に葬り、石室墓のなかからでてきたのが、「王の遺骸」と「翡翠の仮面」なのです。そしてここでは、その石室が復元されているのです。

更に、「ヤシュチラン」出土の多くの「リンテル」・「石碑」は目に付き、レプリカですが「ボナンパクの壁画」も見どころの一つといえるでしょう。

「タバスコ州・ホヌタ」出土の「レリーフ」は、美しい浅彫りで、神官の肩には「聖鳥ケツァル」が彫られています。ちなみに「レリーフ」は、「カカオの木に供え物を捧げる神官」と言われています。

こちらは「捕虜像」と呼ばれる人物像は、異様に男性器が大きく、これは男根信仰と関係があると言われ、「ユカタン地方」の「マヤ遺跡」では男根信仰がいたる所で見られます。

また、今は登る事のできない「チチェン・イツァ遺跡」の「戦士の神殿」にある「チャックモール像」のレプリカも展示されており、これも実際には遺跡で見る事ができないものですので、とても貴重な体験となる事でしょう!

〖第7室: アステカ (AD 1200-1521) 〗

「メキシコ国立人類学博物館」の「メイン(目玉)」とも言えるのが、「太陽の石・アステカカレンダー」です。

まず「アステカ」の部屋に入ると、正面には巨大な円盤「太陽の石・アステカカレンダー」が堂々と展示されており、その周囲には奇怪なアステカの神々の像が置かれています。

そして、入ってすぐのところには「ジャガーの石像」があり、これは「クアウシカリ」と呼ばれるもので、生贄の心臓を入れるために使われたものなのです。

よく見て見ると、「ジャガー」の背中に丸く穴が開いていて、そこに生贄の心臓を入れていたというわけです。

「アステカ」の人々は、太陽が毎日昇るためには生贄の心臓が必要と信じており、更に「アステカ」の神々は生贄を要求する神々として有名でした。そのため壮麗な神殿群は生贄の血で染まり、異臭をはなっていたとも言われています。

また、側面に戦う戦士のレリーフがある立派な円形の台座は、これも捕虜を置いた台座で、溝があるのは血を流すためだとか。

【太陽の石・アステカカレンダー】

「メキシコ国立人類学博物館」の「メイン(目玉)」とも言えるのが、「太陽の石・アステカカレンダー」。

「アステカ」の部屋正面に堂々と展示されている巨大な円盤「太陽の石・アステカカレンダー」は、直径3.6mもあり、メキシコシティ中心部にある大聖堂の修復工事中に発見されました。中央は擬人化された太陽、口から出ているのは人身供養用のナイフ、太陽の周りにある4つの絵文字は既に滅んでいる4つの太陽を表しています。

「アステカ」では過去に4つの太陽の時代があったと考えられており、第1の時代は「ジャガー」によって、第2の時代は「大風」によって、第3の時代は「火の雨」によって、第4の時代は「洪水」によって滅んだと考えられていました。

絵文字は「ジャガー」・「風」・「火の雨」・「水」を表しています。

そして、その次の2番目の輪には「ナワトル語」の20の暦名、3番目の輪には「装飾模様」、4番目の輪には「トルコ石」と「翡翠」のシンボル、「春分」・「夏至」・「秋分」・「冬至の」シンボルが描かれています。

そして、最も外側には2匹の「シウコアトル(トルコ石ないし火のヘビ)」がおり、2匹のヘビは下で向かい合い、大きく口を開けています。

ちなみに、1325年ごろにメキシコ中部の「テノチトラン湖」の中心に首都を築き反映した「アステカ人」は、周辺の集落を次々と占領しながら勢力を広げていった攻撃的な民族で、戦争に関連した神々が崇拝され、戦士たちに高い位が与えられるなど厳しい社会階級の仕組みがありました。

1952年のスペインによる植民地化が始まるまで「太陽を神」として畏れ敬い、独自の文化を持っており「太陽の石・アステカカレンダー」は、太陽の生まれ変わりを表し、農業が中心だった「アステカ人」が月日の流れがわかるように「カレンダー」のような役割があったと考えられています。

「アステカ人」が描いた18ヶ月365日の暦に沿って農耕をしていたのです。この「太陽の石・アステカカレンダー」を見る為だけに「メキシコ国立人類学博物館」を訪れても惜しくない程、おすすめできます!円盤の大きさもさることながら、とても細かい装飾に驚かされますよ!

〖第9室: メキシコ湾岸〗

こちらは「オルメカ文明」を中心とした展示となっており、これまでの文明・歴史とはまた違った文明の様子を垣間見ることが出来ます。

「メキシコ湾岸地帯」は、「メソアメリカ文明」の母体とも言われる「オルメカ文明」が栄えた場所です。「オルメカ文明」は、紀元前1200年頃から紀元前400年頃に栄えた文明で、まず紀元前1200年頃に「サン・ロレンソ」を中心に宗教的都市が栄え、紀元前900年頃に中心地が「ラ・ベンタ」に移りました。

巨大な人頭像やベビーフェイスとも呼ばれる不思議な表情の人物像があり、ジャガー信仰で有名です。

「オルメカ文明」を代表するのが、巨大な石に人物の頭部が掘られた巨人頭像で、高さにして主に2~3メートルもなる巨大な像は、「タバスコ州」の「ラ・ベンタ遺跡」で発掘され、その使用目的などまだはっきりとは解明されておらず、謎に包まれた文明です。

「オルメカ文明」が衰退した後も、「メキシコ湾岸」では独自の分化が栄え、後300~1200年に繁栄した「エル・タヒン」はその代表でしょう。

「壁龕の神殿」で知られる「エル・タヒン」では球技が栄えていたことでも有名で、「メキシコ湾岸」の文化は「ワステカ文化」として語られています。

〖時間が無い方のおすすめの回り方!〗

見学時間があまり取れない方(1~2時間)は左回りで周っていくのがおすすめです!

具体的には、「第10室: マヤ」から入場し、「第9室」・「第8室」・「第7室」と進んでいくと主要エリアから優先して周ることができます。

【1時間の場合】

「第10室: マヤ」(20分)➡「第7室: アステカ (AD 1200-1521) 」(15分)➡「第5室: テオティワカン (AD 100-700)」(15分)→「お土産屋さん」(10分) 計60分

※上記3箇所が個人的におすすめのエリアです。

【2時間の場合】

「第10室: マヤ」(20分)➡第9室: メキシコ湾岸(15分)➡第8室: オアハカ文化(15分)➡「第7室: アステカ (AD 1200-1521) 」(20分)➡「第5室: テオティワカン (AD 100-700)」(20分)➡「2階:メキシコの民族(民俗学)」➡「お土産屋さん」(10分) 計120分

※2階部分は興味の有無で省略・時間追加をしてみましょう。

※お土産屋さんに関して※

「お土産屋さん」は、博物館を入って左手にあり、メキシコの歴史に関する書籍や雑貨、小物、衣類など購入することが出来ます。

【アクセス】

「メキシコ国立人類学博物館」の住所はこちら➡【Avenida Paseo de la Reforma / Chapultepec Polanco, Mexico City 11560】

行き方に関しては、「電車(メトロ)」・「バス」・「タクシー」の3通りの行き方があります。

〖電車(メトロ)〗